数々の広告賞を総なめにした売れっ子動画クリエイター。ハワイに住みながらも場所を選ばない働き方でViibarを活用し、大手企業のブランド関連動画を制作。クライアントの本質をつく企画を武器に、潜在価値を引き出す本質的で価値の高い動画を生み出し続ける。

長澤宏樹氏

プロフィール

7年間の米国生活(アトランタ&ロサンゼルス)を経て帰国。慶応義塾大学 環境情報学部卒。 博報堂グループにおけるデジタル領域のインタラクティブコミュニケーションデザイン会社、博報堂DYインターソリューションズの設立に参画。企業広告やキャンペーンを手がけるなかで、東京インタラクティブワードや電通賞をはじめとする多数の広告賞を受賞。2012年、アロハ・ブランディング合同会社を日本に、子会社 Aloha Branding Hawaii Inc.を米国に設立。「ソーシャル時代におけるブランドの立ち上げと強化」を得意とし、クライアントは日本の大手企業から台湾の電子メーカーやハワイのローカルレストランまで多岐にわたる。

関連URL
http://alohabranding.com/
http://hirokinagasawa.com/
https://www.youtube.com/c/hirokinagasawa

*著書、アロハ・ブランディング代表、長澤宏樹の「思いが伝わる! 心を動かす! アイデアを 「カタチ」にする技術」が、総合法令出版から発売中。
 
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作品を残すということに執着し始めた理由


まず一番最初は映像との出会い、どういったキッカケで動画のお仕事を始められたのかというところからお話しいただいてもよろしいでしょうか?

映像始めるきっかけには実はディープな理由がありまして。 小学校3年生ぐらいの時に飛び降り自殺を見てしまったという経験があるです。人が死ぬのを目の当たりにして、人間ってこんなにあっけなく一瞬で死んじゃうんもんなんだ・・・と幼心に強烈に思ったんですよね。これじゃーいかんと、何か世に残すものを作らなければという発想になっていきました。だから、僕の中には“作品を残す”という事にものすごく執着があるというか、モノとして生き続けるものって何だろうというのがずっとテーマとしてありますね。 映像だけじゃなくて、本を書いたり、絵を描いたり。とにかく昔から 自分の作品を残すという事にこだわりはありました。

映像に出会ったのは大学の時です。色々やった中で映像が一番しっくりくるな、と思ったんですね。「こんな楽しい事が世の中にはあるんだ」という感じで、そこからのめり込んでいきました。

なるほど。大学で映像を作り始められた時は、独学でされていたんでしょうか?

慶應義塾大学の環境情報学部でメディア環境を専攻していて、映像の授業やゼミをとっていました。

大学を卒業されたあと、一旦は普通のサラリーマンとして就職されたわけですよね?

そうです。ずっと映画監督になりたいという夢があったんですが、大学を卒業してすぐに映画の世界に入っても多分ろくな物を作れないと思っていました。それに、子どもの頃、海外に数年間住んでいたんですが、その頃からなぜか、日本人として映画を作るんだったら、一番典型的な日本というものをきちんと知っておかなきゃいけない、と勝手に思い込んでいたんです。

それで映画監督の夢はとりあえず置いておいて、一番日本的なメーカーを選び、シャープに就職しました。でも入った初日から、もうここじゃないというのは分かってしまったんですけどね(笑)。

明らかに自分の居場所ではないと感じていながら、奈良の工場の隣の寮に入って、頑張って1年間働いてお金を貯めました。当時ちょうど100万円くらいのデジタル編集ができる機材が販売され始めたんです。1997年あたりですかね。それがほしくて、給料を全てつぎ込んで買いました。会社を定時であがってから、明け方ぐらいまで、部屋にこもって、それを使ってひたすら編集する日々をしばらく過ごしました。

週末に同期とわいわいサーフィンに行くのを撮影したり、撮影できる対象物が大してなかったこともあって5枚ぐらいのグラフィックをただひたすらモーションで動かしたり、とにかく編集テクニックを1年間身につけていきました。

そんな時に応募したら、小さい賞が獲れて、「これはもう辞め時だ」と。それで2年ちょっとで会社を辞めて東京に戻ってきたんです。

仕事をしながら、渋谷のストリートバンドに自ら声を掛けてプロモーション映像を制作

その受賞がキッカケで、映像をやっていける手応えを感じられたのでしょうか?

いや全然。全くもって自信はなかったのですが、会社を辞めるキッカケは探していました(笑)。シャープは働く場所としては一流でしたし、とても良い会社だったので、退職はいろいろな人に反対されましたが、何のあてもないまま退職し、東京に戻りました。

その後、大学の時の同期が声を掛けてくれて、博報堂でアルバイトをすることになりました。その同期と一緒に提案したビジネスが事業化されることになり、1999年に博報堂と豊田通商と講談社からなる合弁会社、インディビジオを設立しました。今のViibarさんみたいなネット上のプラットッフォームビジネスをやり始めたんです。その会社が結果的にのちの博報堂DYインターソリューションズ(現、博報堂デジタル)へと育っていきました。

僕、一応そこの社員1号になるんです。そこには13年いましたね。ただ僕自身はクリエイターとしてではなく、10年間くらいプロデューサーとして働いていました。なので、必然的に自ら作品を作ることは、自分の時間でやっていましたね。普通に 仕事はしながら、渋谷のストリートバンドなどに声を掛けて、「プロモビデオを作らせてくれないか」と持ちかけて作ったりしていました。

ご自身でお声掛けされていたんですね。怒髪天とかもその頃でしょうか?

怒髪天は、僕の作ったプロモーションビデオを観てくれたマネージャーが「うちのもやらない?」みたいな感じで声を掛けてくれました。何本か作らせて頂いたなかに、酒燃料爆進曲というプロモーションビデオがあるんですけど、メンバーに実際お酒をすごくたくさん飲ませて大暴れしながら撮ったりしてね(笑)。みんなものすごく熱かったですねー。



少し前に戻ってしまうのですが、表現する事にすごくこだわっていらっしゃって、本の執筆などもされたりしたとのことですが、その中で、改めて映像に特化した理由を教えてください。

音と映像がマッチする瞬間が好きなんです。あと、動画だと、その場で即興的に考えたり作ったりすることも必要だったりするじゃないですか。そういうのが結構好きなんです。ギリギリ感じゃないですけど(笑)。作品として作り込む映像を作り始めたのは、きちんと映像を仕事にしてからです。当時はひたすら、その場その場なことをやっていました。

ライブ感みたいなものを重要視されているのでしょうか?

はい、そうですね。VJなんかもやったりしました。

その時代ですと、VJはまだ珍しかったのではないですか。

そうですね。VJも音に合わせて作りこんだ映像を1本流して、その場で撮影しているものをスイッチャーで交換しながら流すとか、そういう感じでした。



クライアントに刺さる動画企画のアイディアを生み出す2つの方法



現在のお仕事の話に入らせていただきたいと思います。動画を制作する時のアイデアはいつもどういったところから得られているのでしょうか?

大きく2つの方法があって、1つは企画寄りの動画の場合です。博報堂時代、企画立案を徹底的に学んだので、ある程度企画の出し方は身についています。実は、企画を出すためのルーティーンがあるんです。10年くらいずっとクリエイティブチェックということをやっています。あらゆるクリエイティブを自分なりに定義するんです。昔はブログでやっていたんですが、今はフェイスブックにあげています。 自分で面白いなと思った動画を何々系、何々系と分類して定義します。そうするとクライアントから要望を聞いた時、「これは何々系の方向ですか」という風に自分の中にあるテンプレートをクライアントに見せることができるようになります。するとクライアントも「はい。まさに、こういうことなんですよ」と。

https://www.facebook.com/creativecheck/

結局、クリエイターも自分の頭の中にないもの、過去に全く見たことがないものというのは作ることができないし、誰も企画できないわけです。その状態だと、クライアントも共感ができずイメージも湧かないので、まずジャンル分けするというのが1つの方法です。

もう1つのやり方は、本質を突くということです。僕は最近そっちのパターンが多いです。結構この歳になってくると、楽しい企画考えるのは若いうちでいいかなという気がしてきていて。どちらかというと今はズバッと本質を突いてあげることが多い気がしますね。

クライアントが本来言いたいこと、言うべきこと、伝えたいことってこういうことですよね、とクライアントの代わりに言ってさしあげるんです。それは色々な企業さんのブランディングをさせていただく中でコンセプトを作ってきた経験から得たものです。 本質を届けるということを色々なブランドでやってきたのですが、映像でそれをやるのはすごく心地いいんです。それをいかに短く本質的に届けるか、通訳みたいな作業だと思います。

そういう場合クライアントは、どういった反応が多いですか。

よくあるパターンの1つは、クライアントが表現の仕方を知らなかったというパターン。「これを表現するには、こうするといいんですよ」と説明してあげると、「あ、なるほど。そういうのをやりたい」という風になるケースです。

もう一つは既に自分達の中に確固たるものがあったのに、それを表現出来ていなかったというパターンになります。言葉を選ばずに言うと、表現があまり得意ではない企業と言いますかね。

あ、あともう一つ、3つ目がありました。これは企業に入って組織を作ってきたからこそ分かる事なのですが、社内の組織的な問題です。「これを言うと、あそこの部に嫌われるよね」とか。

ありますね(笑)。

長澤さんの制作実績はこちらをご覧ください。
http://alohabranding.com/category/works-2/

後編に続く
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