NHKは2016年秋、報道番組「クローズアップ現代+」をソーシャルメディアに最適化させるトライアルを開始。番組内容をショート動画に再構成しFacebookなどに投稿することで、若年層へのリーチを飛躍的に拡大させた。このトライアルはいま海外大手メディアからも注目を集めている。

▽Facebookページ:NHK クローズアップ現代+ 「恋人いらない」ってホント?
https://www.facebook.com/NHKgendai/videos/833405200134331/

プロフィール

  • nhkNHK 報道局 社会番組部 チーフプロデューサー 兼 編成局デジタルラボ 副部長 花輪裕久氏
    1974年生まれ。テレビ番組制作会社、Bloomberg L.P.等を経て2005年NHK入局。クローズアップ現代やNHKスペシャルなどの報道番組を担当。2015年スタンフォード大学客員研究員。2016年より現職。

良質なコンテンツを届けるという本質を見失わないこと

これまで反応が良かった動画はどんなテーマでしたか?

当初、ユーザーの反応が大きかったのは「奨学金破産の実態」「若者に広がる個人請負」「ブラック部活」といったテーマです。いずれも30代のユーザーに最も視聴され、テレビではリーチできなかった若年層に届いたという手応えを感じました。とりわけ 「奨学金破産」は、2016年6月2日に放送した内容を3ヶ月後の9月12日に投稿したのですが、30万人以上にリーチし、600以上のコメントが寄せられました。コメントの大半は、奨学金返済が負担だという当事者の声や、奨学金制度の問題点への指摘、国が行うべき対策など建設的な意見が多く、ユーザー間で議論が行われたのも特徴的でした。放送日から3ヶ月過ぎても、まったく古くならなかったし、むしろ重要な議題を放送とは別の伝送路で届けることができたのではないかと思います。

事前にKPIを設定されていたのでしょうか?

Facebookだと、ページファン数、コンテンツごとのリーチ、いいね、シェア、コメント、そして再生回数といったところです。でもViibarさんからは最初はあまり期待しないほうが良いと言われました。ところが、トライアルで最初に投稿したのが先述の「奨学金破産」でして、思いのほか視聴され、予想外の結果となりました。もちろん、その後は鳴かず飛ばずの時期もあって苦しみましたが(笑)。

奨学金問題を最初にやろうと決めた理由はあるのですか?

6月にテレビ放送したときに反響が大きかったことと、当時行なっていたFacebookやTwitterの番組予告でも反応が大きかったからです。ネット上で話題となったテーマならショート動画にしても見てもらえるだろうと見込んで、かなり早い時期からViibarさんにサンプル動画を作ってもらい、準備していました。

現在もTwitterやFacebookの反応のもと、テーマをセレクトしているのですか?

ケース・バイ・ケースですね。「クロ現+」は、自然災害や事件・事故が発した場合、緊急で放送を立ち上げます。こうしたテーマの場合、一日ごとに状況が更新されていくので、ショート動画が出来上がるころには鮮度がガタ落ちすることが多々あります。そういうときはTwitterやFacebookの反応が良くても扱いません。速報性よりも、時事的なテーマの背景を掘り下げて伝えることを大切にしています。

最も意外だった反応はありましたか?

「29歳で逝った棋士の人生」という動画で、これまでに58万回以上視聴されました。(2017年1月時点)。これは村山聖氏の人生を追ったドキュメンタリーで、尺が1分47秒とWeb動画としてはかなり長い。人モノ、しかも長尺、それでもこんなに見てもらえたというのは僕らにとって意外な発見でした。
https://www.facebook.com/NHKgendai/videos/823248334483351/

何分何秒だったら良く見てもらえる、といった勝利の方程式って、たぶん無いんだろうなと思います。コンテンツの中身によって、適正な尺というのは変わってくるし、それが適正かどうかは配信してユーザーの反応を見ないと分からない。それがソーシャルメディアの難しさでもあり、奥深いところだなあと改めて実感したケースです。

当面はどのくらいの再生回数を目指したい?

理想は100万回再生を超えることですが、ファンの数がまだ6万人ですので、先ほどの「棋士の人生(58万回)」でも十分な結果だと思います。それと、最近はむしろ数字だけに引っ張られないように気をつけています。データは大事ですが、データだけを拠り所にすると、本質を見誤る危険性があると感じています。 良質な報道コンテンツ、信頼のおけるジャーナリズムを届けることが一番重要なことなので、数字は結果としてついてくれば良いというスタンスで運用していきたいと思っています。

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世界的にも注目された「クロ現+」のショート動画

局内の反応はいかがですか?

興味を持ってくれる人が増えましたね。どういう制作体制なのか、動画を一本作るのに何日かかるのか、といった問い合わせをよくもらいます。今回はトライアルということで、NHKの中でも「クロ現+」だけが例外的に動画を直接アップロードして、制作や運用の知見を集めています。この結果は、定期的に局内で報告会を開いて共有していますが、若いディレクターたちが「自分もやりたい」「自分と同じ世代にもっとメッセージを届けたい」と興味をもってくれるのはうれしいです。

世界の放送局から注目されていると伺っていますが、どういった反応があったのでしょうか?

去年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されたEBU(European Broadcasting Union:欧州放送連合)主催の国際ジャーナリズム会議で、今回のトライアルについてプレゼンをしました。評判が良かったのは、僕らが「ショート動画制作で失敗から得た3つの教訓(Three Rules to Prevent Failure.)」を披露したときです。みなさん、他人の失敗談がほんとうに大好きなんですよね。

一つ目の教訓は「ロケ素材に頼るな(Don’t rely on location footage)」。テレビ用に撮影したロケ素材は、パンやドリーなど尺を使うカットが多いのですが、ショート動画にそんな尺は費やせません。そのため僕らはインフォグラフィックやモーショングラフィックを使って、内容を一瞬で直感的に理解してもらえるよう心がけました。また 1枚の写真が10秒の映像よりもインパクトを持つことがあるので、イメージ写真も購入しました。苦労してロケした素材をあえて捨てる、その勇気を持つことも時には重要だと伝えました。

二つ目は「テレビ的な話法を忘れろ(Forget conventional methods used to tell stories on TV)」。これは地震で崩壊した熊本城に関する動画を制作したときの失敗談です。僕たちは熊本城崩壊のメカニズムが全国の城に共通するリスクだと伝えるため、ついついテレビ制作の手法を使って専門家のインタビューを挿入しました。ところが視聴データを見ると、インタビューが始まった瞬間にユーザーが一気に離脱、メッセージは伝わらずに終わりました。専門家に取材するのは大切なことですが、このケースではインパクトのある映像だけを使ってリスクを伝えるべきでした。

三つ目は「シーンよりもメッセージに焦点をあてよ(Focus on the message rather than the scene)」。これは末期がんの患者に寄り添いながら、死への不安を取り除く「臨床宗教師」のドキュメンタリーを作ったときの失敗談です。亡くなる間際の女性が臨床宗教師と対話する様子を克明に撮影できたので、その貴重なシーンをたくさん使って編集しました。ところが何回編集しても1分には収まりません。さらに、高齢化が進む日本で「臨床宗教師」がますます重要になるという僕たちが伝えたかったメッセージも対話シーンだけではまったく伝わりませんでした。そこで、患者の女性本人のシーンは極力短くし、残された遺族のインタビューを使うことでメッセージを伝えようとしたんです。シーンよりも、メッセージを重視した結果、この動画は多くの人々に視聴され、支持されたことを伝えました。

この会議には欧米メディア・報道機関の幹部が600人以上集まりましたが、臨床宗教師の動画を見て多くの人が涙ぐみ、たくさんの拍手をいただきました。プレゼンが終わった後は、BBCやウォール・ストリート・ジャーナル、Bloombergなどから話を聞かせてほしい、資料や映像を送って欲しいと問い合わせが相次ぎました。このプレゼンの様子はイギリスのジャーナリズム関連メディア「Journalism.co.uk」も取り上げてくれました。

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https://www.journalism.co.uk/news/japan-s-nhk-is-experimenting-with-one-minute-documentaries-for-social-media/s2/a695061/

若者のテレビ離れは世界のテレビ局共通の課題で、各局ともオシャレでポップな若者向けコンテンツに力を入れています。なかには軽薄なだけのものも少なくありません。そうした中で、「クロ現+」のショート動画については「きちんとしたジャーナリズムだった」「1分で泣けるとは思わなかった」という感想をいただきました。 ニュース動画には硬派なものもありますが、ドキュメンタリースタイルのショート動画はあまり例がなかったようです。変に若者に迎合したり、チャラチャラしなくて良いんだ、ソーシャルメディアの世界でもドキュメンタリーやジャーナリズムを追求できるんだ、という僕たちの考え方に共感をいただけたようです。

トライアルを経て4月から本格稼働へ 「届ける」ための探求続く

3月でトライアル期間が終わり、今年4月から本稼働される予定だそうですが、今後のご計画は?

ショート動画とは別に「読み物記事」を追加していこうと計画中です。動画だと、たとえ1〜2分であってもユーザーの時間を拘束していまいます。でも、クロ現のような社会問題を扱うコンテンツは、テキストでざっくり知りたい、さくっと分かりたいというニーズもあるはずです。現在、番組のウェブサイトでは放送内容を書き起こした7000字ほどのテキストを掲載していますが、7000字というのはかなり長い。これを1500〜2000字程度の魅力的な読み物にすれば、新たなコンテンツになると思います。動画と読み物の仕分けはまだ検討中ですが、いずれにせよ「届ける」ためのスキルやノウハウを積み上げていきたいです。

海外の視聴者に向けての言語対応についてはいかがでしょうか?

ぜひトライしたいですね。日本社会の課題や解決に向けた取り組みについて世界の人に発信できたら素晴らしいです。NHKの国際放送局(英語放送)とも情報共有はしていますが、まだ僕たちが作った動画の数が40程度だし、そもそもまだトライアルですからね。実際には4月からの運用がきちんと軌道に乗ってからの議論になると思います。

今後取り組みたいことはどんなことでしょうか?

個人的には、ソーシャルメディアの特性を活かして、番組やコンテンツの共創(コ・クリエーション)を実現したいです。例えば現場にいるディレクターが取材した内容を動画で配信、それに対してユーザーが「もっとAさんの意見を知りたい」「Bという現場も取材すべきだ」などとコメント、ユーザーの声を受けたディレクターがさらに取材を深めていく、といったイメージです。もちろんテーマによりますが、双方向ジャーナリズムは挑戦する価値があるのではないかと感じています。

それと、ショート動画の制作はテレビとは手法が異なりますが、テレビに活かせる知見がたくさん得られます。冒頭のカットをいかに魅力的な映像・画像にするか、見たくなるタイトルのつけ方、インフォグラフィックやモーショングラフィックなど、番組作りにフィードバックできると思います。また、テレビと違ってコンテンツを配信した直後からユーザーの反応がリアルタイムで得られるのも面白くて、若いディレクターにはぜひ経験してもらいたい。その意味で、ショート動画チームのメンバーは固定化せずにシャッフルして、いろんなディレクターにこの現場を体験してもらうのが良いと思います。

※本事例は、2017年1月に実施したインタビューに基づいて作成しました。
※本事例は掲載時点のものです。

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