NHKは2016年秋、報道番組「クローズアップ現代+」をソーシャルメディアに最適化させるトライアルを開始。番組内容をショート動画に再構成しFacebookなどに投稿することで、若年層へのリーチを飛躍的に拡大させた。このトライアルはいま海外大手メディアからも注目を集めている。

▽Facebookページ:NHK クローズアップ現代+ 「恋人いらない」ってホント?
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プロフィール

  • nhkNHK 報道局 社会番組部 チーフプロデューサー 兼 編成局デジタルラボ 副部長 花輪裕久氏
    1974年生まれ。テレビ番組制作会社、Bloomberg L.P.等を経て2005年NHK入局。クローズアップ現代やNHKスペシャルなどの報道番組を担当。2015年スタンフォード大学客員研究員。2016年より現職。

公共放送から“公共メディア”へ

今回のトライアルについて教えてください。

「クローズアップ現代+」は、前身番組を含めると20年以上の歴史をもつ報道番組です。ところがここ数年、どんなに内容が良くてもテレビだけでは若年層にリーチしにくい状況が生まれています。背景にあるのは、もちろんスマホの普及です。多くの若いユーザーは、テレビでなく、スマホを使って情報収集をしています。だったら、クロ現の放送内容をスマホ向けに最適化すれば、より多くの人にリーチできるのではないか。そう考えてトライアルを始めました。

僕らのスタイルは、25分の放送内容を1分程度のショート動画に再構成する、というものです。ゼロから取材してスマホ向けコンテンツを作るメディアもありますが、クロ現の場合、放送に向けてディレクター・記者・カメラマンが額に汗して集めた膨大な情報や映像に大きな価値があります。その価値を、ソーシャルメディアを活用してユーザーの元に届けられるかどうか。そこを見極めるのがトライアルのねらいでした。

NHK全体としてデジタル化を推進していく方針なのでしょうか?

2020年を見据えた「NHKビジョン」には、放送と通信の融合時代にふさわしい“公共メディア”への進化を見据えて挑戦と改革を続けることが明記されています。放送を太い幹としつつ、放送だけでなくインターネットも積極的に活用して、より多くの人々に、多様な伝送路で公共性の高い情報や番組などのコンテンツを届けることが重要課題になっています。

Viibarを知ったきっかけは何ですか?

テレビ番組の文法でスマホ向けコンテンツを作っても絶対ダメで、スマホ向けの文法、NHKならではのストーリーテリングを開発しなければならないと考えていました。たまたま編成局のデジタルラボに来てくれたViibarのプロデューサーと話をしたら、ノウハウや映像クリエイターのネットワークをお持ちだというので、これは面白い、ぜひ一緒にやりましょうと意気投合しました。

今回はNHKとViibarの混合のチーム編成で動画制作が行われているそうですが、その理由についてお聞かせください。

現在のチームメンバーは、NHKから編集長が1人、ディレクターが2人、エディターが1人。Viibarさんから動画メディアコンサルタントが1人、映像クリエイター1〜2名。さらにデータ分析を担うエンジニア1人が外部から参加しています。

混成チームにした理由はただひとつ。それぞれの人材が持つノウハウを結集させないと何一つ成果が生まれないと思ったからです。NHK側には番組制作のノウハウやテレビのプロデューサーやディレクターとのネットワークがあります。事実関係の裏取りや取材先への事実確認などは身内で行うほうが圧倒的にスムーズです。とはいえ、僕らにはソーシャルメディアの活用やモーショングラフィック制作のノウハウがありません。ここはViibarさんの知見が極めて重要になります。さらに、視聴データを日々分析してPDCAを回すことも大切なのですが、これを実現するには、APIが叩けてデータを分かりやすくビジュアル化できるエンジニアの存在が不可欠でした。

Viibarを使って良かったことはありますか?

トライアル初期に参加いただいたクリエイターさんが非常に良かったのですが、売れっ子なので頻繁に参加いただけないことになりました。そこでViibarさん所属の別のクリエイターさん2名を紹介いただいたのですが、これまたすごく優秀な皆さんで対応も柔軟、すごいネットワークを持っているなあと感心させられました。

また、僕たちテレビ制作者とWeb動画クリエイターの間には、制作する際の段取り、優先順位、日常的に使う専門用語にギャップがあります。両者の間に Viibarさんが入ってくれることでスムーズに意思疎通ができたことも良かったです。

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放送誘導からコンテンツの提供へ シフトチェンジで得られた成果

データ分析というのはどのあたりについての分析なのでしょうか?

まずFacebook、Twitter、YouTubeの視聴データをそれぞれ分析しました。プラットフォームごとに指標の定義が異なりますが、類似の指標を比較しながら各プラットフォームと「クロ現+」との相性を調べました。その結果、同じショート動画を投稿した場合に、Facebookのユーザーの反応が最も良いことが分かりました。いまでは動画投稿はほぼFacebookのみで行っています。視聴データも、コンテンツごとにインサイト情報を見るのがけっこうな手間になってきたので、エンジニアがAPIからデータを取得しビジュアル化する仕組みを作っています。

ターゲットとなるペルソナはどういったタイプになりますか?

年齢でいうと大学生から40代までをターゲットに設定しています。具体的な人物像としては、社会問題やニュースに関心があり、その背景まで知りたいと思う人たちをイメージしています。

テレビ放送の「クローズアップ現代+」自体は、ボリュームゾーンは、どのあたりなのでしょうか?

60代以上の視聴者が多いです。テレビ放送でも59歳以下の方に見てもらうための試行錯誤を続けていますが、NHKが公共メディアへと進化していくには、取材した内容をテレビ放送だけでなく、ソーシャルメディアを通じて多くの人に届けることも重要だと考えています。

Facebookページのファンはどんな反応でしたか?

トライアルを始めるまでは、写真とテキストを使って番組の予告をしていました。「きょうのテーマはこれこれです、詳しくは放送をご覧ください」といった感じです。ところが、これが全然ダメでした。当時のファン数は5万3000人でしたが、投稿一回あたりのリーチ数は平均で7000程度。残りの4万6000人にはタイムラインにすら表示されず、エンゲージメントも少ない状態でした。いくら投稿しても埋没していたんです。そこでトライアルでは番組予告をいっさい止め、ショート動画をきちんとしたコンテンツに仕上げて投稿しました。するとリーチ数やエンゲージメントがケタ違いに増え、Facebookページのファン数も右肩上がりで増えていきました。放送に誘導することよりも、いま知りたいというユーザーのニーズに対応できたのが良かったのではないかと思います。

視聴誘導から実際のコンテンツを出すことを決断するのは、けっこう大きなシフトチェンジだと思うのですが、局内の反応はいかがでしたか?

確かに「それで放送を見なかったらどうするの?」と懸念する声はありました。でも、ソーシャルメディアの視聴とテレビ視聴には、多少の相関があったとしても因果関係までは証明できません。それらの検証も含めてのトライアルなのでやらせてほしいと説明しました。

今回のプロジェクトはまだトライアル段階ということですが、どのようにフェイズを区切られているのでしょうか?

第一フェイズ(2016年9月〜10月)は、まずやってみて、できてないことを洗い出しました。第二フェイズ(2016年11月〜12月)は、やや配信のペースを落とし、見る人の「喜怒哀楽」、つまり感情に訴えかけるストーリーテリングの開発に力を入れました。第三フェイズ(2017年1月〜3月)では、視聴データを使った定量分析に加え、視聴者へのインタビューを実施予定です。「いいね!」はするけど「シェア」までしないのはなぜか?といった定性面についても分析を行い、NHKならでは、クロ現ならではのコンテンツ制作の技能を高めていきたいです。

後編に続く

※本事例は、2017年1月に実施したインタビューに基づいて作成しました。
※本事例は掲載時点のものです。

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